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 銀閣寺とは通称であり、正しくは東山慈照寺(トウザンジショウジ)といいます。室町幕府足利八代将軍義政公によって造営された山荘東山殿(ヒガシヤマデン)がそのルーツです。義政公の没後、臨済禅宗の寺院となり義政公の法号慈照院にちなんで慈照寺と名付けられました。銀閣寺の名の由来は江戸時代、三代将軍義満公の造営による山荘北山殿の金閣寺(鹿苑寺(ロクオンジ))に対し、銀閣寺と称せられることとなりました。
 義政公は9歳にして足利将軍家の家督を継ぎ、15歳にして征夷大将軍の座につきました。図らずも若くして権力の頂点を極めた義政公は、権謀術数がうごめく政治の世界から退き、隠栖生活を過ごすべく山荘造営を発案しました。その山荘が、ここにいう東山殿です。
 義政公はその生涯を東山殿の造営に託しました。8年の歳月を費やし、自らの美意識のすべてを投影。東山文化の真髄たる簡素枯淡の美を映す一大山荘を作り上げたのです。美の求道者ともいえる義政公の精神のドラマを500年をへた現代にも脈々と伝えています。

 

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