狩野光信筆 径 約9m
禅宗の法堂の天井にはよく龍が画かれています。龍は仏法を守護する空想上の瑞獣でその長を龍王、龍神などと称し、八部衆の一つに数えられています。
慶長10年(1605)相国寺の法堂が五建された際、狩野光信によって画かれた本図は、円相内にその全容をくっきりとえがき出されていて、彩色も実に綺麗に残っています。円相外に雲が画かれていたのですが剥落し、今は僅しか残っていません。日本美術史研究上必要な文献として知られる「本朝画史」の編者、狩野永納(1631〜97)は本図を狩野光信(1565〜1608)筆としています。無款ではあるがまさしく光信筆であります。
筆者光信は、狩野永徳の長男として生まれ、父とともに信長、秀吉に仕え、父永徳なきあとは狩野一派の棟梁として一門をひきいて秀吉に仕え、知行百石を賜わっています。豊臣秀頼の再建になる法堂の龍を画くのは光信をおいては他にないはずです。光信はこれを画き上げた三年後に歿しており、本図は光信にとって最後の大きな仕事となりました。光信が精根こめて画き上げたこの龍が、現在最古の法堂を守り、相国寺の法幢を守っているのです。
またこれは、堂内中央付近で手をたたくと、天井に反響してカラカラという音が返ってくるので、一名「鳴き龍」ともよばれます。