京五山第二位の名刹(メイサツ)、萬年山相國承天禅寺(マンネンザンショウコクジョウテンゼンジ)はいま三門(サンモン)や仏殿(ブツデン)などの址がよく残っており、そこには松や檜が枝を交えていて在りし日の伽藍(ガラン)の壮麗さを偲ばせる。足利義満が創建し、至徳元年(1384)仏殿が落慶してから何回か被災と復興を繰り返し、最後に天明8年(1788)の大火で法堂(ハットウ)や勅使門(チョクシモン)を残して中心伽藍も焼けてしまったのであった。その直前の安永9年(1780)に出た「都名所図会」に見られる姿は天明罹災以前のありさまをよく伝えるものと思われ、建築配置も現状とよく合っている。
相国寺は、「そうこくじ」と読まれることが多いのですが、正しくは、「しょうこくじ」と読みます。安永9年(1780)に出た「都名所図会」には、「しやうこくじ」とあります。相国(ショウコク)というのは、「国を相(タス)ける人」から来ており、中国では宰相、日本では太政大臣の意味になります。相国寺が足利義満によって建てられたことがその名前の所以と考えられています。